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 鳥取県鳥取市の軍事遺跡一覧 収録遺構数:27 


 陸軍第十師団
 歩兵第四十連隊


 所在
  鳥取市
  立川町 7 ほか

 収録遺構 (7)
  建物 6,
  その他 1

 実地調査
  2018年 12月

  2018年時点の詳細をご紹介します







歩兵第四十連隊は、第十師団に隷属する部隊で1897年(明治30)に現在の鳥取市に新設された兵営に入りました。

その後は日露戦争に出征して主要作戦に参加し凱旋帰還の途につきますが、昭和時代に入ると満州へ再び出征して満州事変日中戦争の主要作戦を経て第二十五師団の傘下部隊に変更され太平洋戦争では一部がサイパンの守備にあたりアメリカ軍と激戦を繰り広げて玉砕しました。また、残りの部隊は来たる本土での決戦準備のために九州へ移動し終戦を迎えました。

なお、歩兵第四十連隊が満州へ移駐した後は、戦時動員によって鳥取の兵営では歩兵第一四〇連隊・歩兵第一二一連隊・歩兵第二〇〇連隊をはじめとする 7つの部隊が終戦までに編成され戦地で活躍しました。

現在、兵営跡は三洋テクノソリューションズの工場や商業施設などに変遷していますが、将校集会所や兵舎などの遺構が残っています。



 陸軍第十師団
 浜坂演習場


 所在
  鳥取市浜坂 ほか

 収録遺構 (2)
  軍用地境界標 1,
  その他 1

 実地調査
  2018年 12月









浜坂演習場は、鳥取市内に展開した歩兵第四十連隊の兵科演習場で、1897年(明治30)に設置され、敷地は終戦まで存続しました。

現在、跡地のほとんどが国の天然記念物に指定されている鳥取砂丘となっていますが、軍用地境界標が残るほか、境界柵と考えられる遺構が残存しています。



 陸軍第十師団
 鳥取射撃場


 所在
  鳥取市
  国府町稲葉丘 2

 収録遺構 (1)
  軍用地境界標 1

 実地調査
  2018年 12月









鳥取射撃場は、鳥取市内に展開した歩兵第四十連隊の射撃演習場として設置され、敷地は終戦まで存続しました。

現在、跡地の大半が住宅地に変遷し面影が全くありませんが、敷地の中央にあたる市道沿いに軍用地境界標が 1本だけ移設されています。



 陸軍姫路師管
 鳥取連隊区司令部


 所在
  鳥取市西町 1

 収録遺構 (2)
  門柱 1,
  軍用地境界標 1

 実地調査
  2018年 12月









連隊区は、区域内の徴兵や召集に関連する兵事事務を行うための部署で、歩兵連隊の所在地に司令部が設置されていました。

その中で鳥取連隊区は1898年(明治31)に鳥取県内の兵事事務を担当する部署として設置され姫路におかれた姫路師管区に隷属しました。

その後、陸軍管区表の改正により隷属先や兵事事務の管轄が一部で変更されましたが終戦まで存続しました。

現在、跡地は鳥取県庁西町分庁舎となっており軍用地境界標や裏門と推測する遺構が少しだけ残っています。



 鳥取陸軍埋葬地


 所在
  鳥取市
  国府町宮下 ほか

 収録遺構 (15)
  軍用地境界標 13,
  その他 1,
  墓標様

 実地調査
  2018年 12月

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鳥取陸軍埋葬地は、歩兵第四十連隊が鳥取市に展開したことで1897年(明治30)に設置され、終戦まで存続しました。

戦後は陸軍省の廃止にともない、大蔵省を経て鳥取県に移管されており墓標や軍用地境界標を見ることが出来ます。

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