中島飛行機 武蔵野製作所 田無試運転工場 (中島航空金属 田無鋳鍛工場)
所在 西東京市 谷戸町 2 ほか
収録遺構 (2) 門柱 1 建物(消失) 1
実地調査 2012年 9月
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中島飛行機は、1917年(大正 6)に創設された、民間の航空機製作会社です。特筆に値する製作戦闘機に「隼」や「疾風」などがあり、戦前の日本を代表する陸軍・海軍御用達の戦闘機製造会社として、「零戦」などの設計で有名な三菱重工業と双璧をなします。
昭和に入ると、近代戦の主力が航空機となり、戦闘機の需要が急激に伸び、群馬県の太田市にかかえていた工場だけでは生産が間に合わず、1938年(昭和13)に、陸軍専用の戦闘機エンジン工場として武蔵野製作所を開設しました。またここで完成したエンジンの調整や試運転を行う目的で現在の西東京市にも工場がおかれると、隣接してエンジンの鋳物部品を製造するための系列会社である中島航空金属の鋳鍛工場が設置され、最盛期で約16,000人の作業員が従事していたようです。
現在、跡地は住友重機械工業やURひばりが丘パークヒルズなどになり、ほとんど面影が無い状態ですが、当時の門柱や発動機運転試験場に使用された建物が残っています。
⇒残念ながら、発動機運転試験場に使用された 建物は、ここ最近の開発により取り壊されて しまったようです・・・▲ |