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 千葉県流山市の戦争遺跡一覧 収録遺構数:9 


陸軍東部第一〇二部隊
(陸軍第四航空教育隊)


 所在
  流山市駒木 ほか

 収録遺構 (5)
  軍用地境界標 5

 実地調査
  2010 3
  
2010年時点の詳細をご紹介します




東部第一〇二部隊は、航空兵の養成を行う教育部隊の 1 (第四航空教育隊) として、1938(昭和13)に開設し、当初は東京の立川に施設が
おかれていましたが、柏飛行場の開設に伴って
1940(昭和15)に、現在の高田周辺へ移駐して施設がおかれました。

ここでは、半年の期間に亘って航空兵の養成を行い、その教育課程を終えると、航空兵として実戦部隊へ送り込まれていきました。

現在は、跡地のほとんどが機械金属工業団地となっていますが、敷地の一部が流山市に跨っており、当時の遺構がいくつか残存しています。


立川陸軍航空廠
柏分廠


 所在
  流山市駒木台 ほか

 収録遺構 (4)
  建物 4

 実地調査
  2010 3
  2010年時点の詳細をご紹介します



一部の資料では、ここを
「立川陸軍航空工廠」の
分廠と記していますが、
「立川陸軍航空廠」では
ないでしょうか★

前者は製造部門、後者は
補修部門ですので・・・
富貴:いらない指摘だったらゴメンねっ★


立川陸軍航空廠は、1935(昭和10)の陸軍航空本部令に伴って、航空本部傘下である補給部の改編によって開設され、航空に関連する器材や燃料などの調達・保管・補給と関係する器材のメンテナンスなどを掌っていました。

1938(昭和13)に、柏飛行場が開設されると、ここに配備された飛行機や関連する器材などの補修や保管を行う目的で、航空廠の分廠が開設され、飛行場の西側に施設がおかれました。

ここでは、主に飛行機のエンジンや機銃などのメンテナンスや部品手配、自動車のエンジンや関連部品のメンテナンスが行われており、特に飛行機に関してはエンジンの故障が多く、日々修理に追われていたそうです。

現在は、跡地のほとんどが住宅地や農地などになっていますが、当時の建物が残っています。


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