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 福岡県北九州市の戦争遺跡一覧 収録遺構数:9 


陸軍下関要塞
古城山砲台


 所在
  門司区門司

 収録遺構 (3)
  観測所 1,
  軍用地境界標 1,
  その他 1

 実地調査
  2017 2








古城山砲台は下関要塞の 1つで、周防灘方面の防備のために1890年(明治23)に竣工しました。

ここには、24センチ臼砲が10門据え付けられて首線は北東50度を向いていました。

現在、砲台跡はめかり公園の展望台と駐車場に変遷しており、当時の遺構の大半は整地されて消失していますが左翼観測所と付帯する遺構がわずかに残っています。

陸軍下関要塞
古城山堡塁


 所在
  門司区門司

 収録遺構 (3)
  地下施設 1,
  その他 2

 実地調査
  2017 2








古城山堡塁は下関要塞の 1つで、陸地の防備を目的に古城山砲台の北方 150メートルの山頂に構築されました。

ここは、戦時に限り小口径の火砲を据え付けて守備を予定していた小規模な堡塁であったため特に備砲されることはなかったようです。

現在、堡塁跡はめかり公園に変遷していますがわずかに当時の遺構が残っています。

陸軍第十二師団
歩兵第十二旅団
旅団司令部


 所在
  若松区響町 1

 収録遺構 (1)
  その他 1

 実地調査
  2017 2





歩兵第十二旅団は陸軍の師団編成の前身である熊本鎮台に隷属した部隊で、歩兵第十四連隊と歩兵第二十四連隊を傘下とし1885年(明治18)に司令部が福岡におかれました。

1898年(明治31)に入り、軍備増強の必要性から新設された第十二師団が現在の北九州市に設置されると傘下となって小倉城跡に旅団司令部が移されますが、1925年(大正14)の軍縮で第十二師団が久留米に移駐すると再び福岡に司令部が移されました。

現在、跡地は小倉城跡を擁する勝山公園となり整地されていますが、当時の門柱が残っており簡単に見学することが出来ます。

門司出征軍馬水飲場


 所在
  若松区響町 1

 収録遺構 (1)
  その他 1

 実地調査
  2017 2





門司港は、明治時代から九州の玄関口としての役割をもち、戦前より交通の要所でした。

特に戦時中は多くの兵士や軍用馬などが戦地へ渡るための重要な前線港として機能しました。

そのため、現在の門司港レトロ地区には倉庫や商用施設などが建設されたほかに、出征軍馬の水飲み場が周辺におかれていました。

現在は観光地として整備されているため多くの歴史的建造物が保存されてますが、その中には出征軍馬の水飲み場も 1箇所だけ含まれており見学が可能です。

海軍二等駆逐艦
「柳」


 所在
  若松区響町 1

 収録遺構 (1)
  その他 1

 実地調査
  2017 2





駆逐艦「柳」は、佐世保海軍工廠で建造された桃型駆逐艦の 4番艦として、1917年(大正 6)に竣工した中型駆逐艦です。

竣工後は、第一次世界大戦の終戦まで地中海の海上護衛に従事し1932年(昭和 7)の第一次上海事変では揚子江水域の作戦にも参加しましたが1940年(昭和15)に除籍となり、その後は佐世保海兵団の練習船として使用されました。

太平洋戦争の終戦後は解体されますが、現在の北九州港の防波堤として船体が活用されており現在も見ることが出来ます。

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