戦争遺跡詳細 |
第十番庫
【所在】 南区出汐 2
【分類】 建物 |
|
県立広島工業高校の南側をはしる道路沿いに残存しています。
これは、1913年(大正 2)に被服類を収納する第十番庫として建設された建物で、屋根裏を含む 3階建ての煉瓦造りで内部の床や柱には鉄筋コンクリートが用いられています。
現在は放置されている状態が続いていますがこのまま残るものと思われます。 |
軍用地境界塀
【所在】 南区出汐 2
【分類】 軍用地境界塀 |
|
県立広島工業高校の南側をはしる道路沿いに残存しています。
塀は外枠と内枠で色分けされた煉瓦造りで、現在は一部分を残して放置されている状態が続いていますが、このまま当面は残るものと思われます。 |
第十一番庫
【所在】 南区出汐 2
【分類】 建物 |
|
県立広島工業高校の西側をはしる道路沿いに残存しています。
これは、第十一番庫として1913年(大正 2)に建設された建物で、屋根裏を含む 3階建ての煉瓦造りで、床や柱には鉄筋コンクリートが用いられています。
現在は放置されている状態が続いていますがこのまま残るものと思われます。 |
軍用地境界塀
【所在】 南区出汐 2
【分類】 軍用地境界塀 |
|
県立広島工業高校の西側をはしる道路沿いに残存しています。
塀は外枠と内枠で色分けされた煉瓦造りで、現在は一部分を残して放置されている状態が続いていますが、このまま当面は残るものと思われます。 |
第十二番庫
【所在】 南区出汐 2
【分類】 建物 |
|
県立広島工業高校の西側をはしる道路沿いに残存しています。
これは、第十二番庫として1913年(大正 2)に建設された建物で、屋根裏を含む 3階建ての煉瓦造りで、床や柱には鉄筋コンクリートが用いられています。
現在は放置されている状態が続いていますがこのまま残るものと思われます。 |
軍用地境界塀
【所在】 南区出汐 2
【分類】 軍用地境界塀 |
|
県立広島工業高校の西側をはしる道路沿いに残存しています。
塀は外枠と内枠で色分けされた煉瓦造りで、現在は一部分を残して放置されている状態が続いていますが、このまま当面は残るものと思われます。 |
第十三番庫
【所在】 南区出汐 2
【分類】 建物 |
|
県立広島工業高校の西側をはしる道路沿いに残存しています。
これは、第十三番庫として1913年(大正 2)に建設された建物で、屋根裏を含む 3階建ての煉瓦造りで、床や柱には鉄筋コンクリートが用いられています。
現在は放置されている状態が続いていますがこのまま残るものと思われます。 |
軍用地境界塀
【所在】 南区出汐 2
【分類】 軍用地境界塀 |
|
県立広島工業高校の西側をはしる道路沿いに残存しています。
塀は外枠と内枠で色分けされた煉瓦造りで、現在は一部分を残して放置されている状態が続いていますが、このまま当面は残るものと思われます。 |
軍用地境界塀
【所在】 南区出汐 2
【分類】 軍用地境界塀 |
|
県立広島工業高校の西側をはしる道路沿いに残存しています。
塀は外枠と内枠で色分けされた煉瓦造りで、現在は一部分を残して放置されている状態が続いていますが、このまま当面は残るものと思われます。 |
軍用地境界塀
【所在】 中区中島町
【分類】 軍用地境界塀 |
|
広島平和記念資料館内に残存しています。
塀は外枠と内枠で色分けされた煉瓦造りで、上部は石で装飾されていますが原爆投下時の強烈な爆圧振動により山の形に持ち上がった状態に変形しています。
現在は、広島平和記念資料館に移設保存され原爆の威力と恐ろしさを後世に伝えるための展示資料となっています。 |