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 滋賀県東近江市の戦争遺跡一覧 (作成中ですっ) 収録遺構数:18 


陸軍飛行第一集団
飛行第三連隊
八日市飛行場


 所在
  東近江市
  東沖野 3 ほか

 収録遺構 (14)
  門柱 1,
  飛行機掩体 9,
  軍用地境界標 1,
  その他 3

 実地調査
  2017年 8月
  2017年時点の詳細をご紹介します







飛行第三連隊の前身であった飛行第三大隊は、第十六師団に隷属した部隊で、各務原において編制され、民間飛行場がおかれていた沖野ヶ原飛行場を整備して、これに隣接する形で1922年(大正11)に兵営が設置されました。

その後、飛行第三連隊への改編を経て隷属先が飛行第一集団に変更され、爆撃・偵察の錬成にあたりましたが飛行第三戦隊へ改編されたのち1942年(昭和17)に八戸へ移駐しました。

飛行第三戦隊が八戸に移駐したのち、第五十一教育飛行師団の隷下部隊であった第一〇四教育飛行連隊が引き続き施設を使用し、軽爆撃機を使った戦技教育が実施されました。

太平洋戦争の末期は第四教育飛行隊に改編され第五十二航空師団の隷下となり、児玉飛行場に移駐しました。

第四教育飛行隊の移駐後は飛行第二四四戦隊が小牧から移り、中部・近畿地区の防空を担当し終戦を迎えました。

終戦後、施設はアメリカ軍に接収されましたが現在は返還されており、飛行場の大半は農地に払い下げられ、兵営周辺はタキロン化学に変遷して面影がなくなっていますが、当時の遺構が残っており、一部は保存されています。

陸軍京都憲兵隊
大津憲兵分隊
八日市憲兵分遣所


 所在
  東近江市
  八日市東本町

 収録遺構 (4)
  軍用地境界標 4

 実地調査
  2017年 8月
  2017年時点の詳細をご紹介します





八日市分遣所は現在の東近江市に展開した飛行第三大隊をはじめとする陸軍部隊の展開により1922年(大正11)に設置された憲兵の官舎です。

当初は大津憲兵分隊に隷属しましたが、のちの軍縮によって京都憲兵分隊に移管し、終戦まで存続しました。

現在、跡地は八日市大凧会館となっていますが軍用地境界標がいくつか残っています。

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