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 広島県福山市の戦争遺跡一覧 (作成中ですっ) 収録遺構数:18 


陸軍第十七師団
歩兵第四十一連隊

 (陸軍第五師団
  歩兵第四十一連隊)


 所在
  福山市緑町

 収録遺構 (2)
  門柱 2

 実地調査
  2017年 7月
  2017年時点の詳細をご紹介します





歩兵第四十一連隊は第十七師団の隷属部隊で、第五師団からの隷属先変更で1908年(明治41)に福山市内に新設された兵営へ移駐しました。

その後、1925年(大正14)の軍縮で第十七師団の廃止にともなって再び隷属先を第五師団とし、昭和に入ると満州へ出征して日中戦争の主要な作戦に参加しつつインドシナに進駐しますが、太平洋戦争の開戦によって南太平洋へ進駐して各戦域で奮闘しましたが、ポートモレスビーの戦闘で損害を受け第三十師団に編入されたのちレイテ島の戦いで玉砕を迎えてしまいました。

現在、敷地跡は緑町公園や商業施設に変遷して整備されていますが遺構がわずかに残ります。


陸軍第十七師団
福山演習場

 (陸軍第五師団
  福山演習場)


 所在
  福山市花園町 2

 収録遺構 (7)
  軍用地境界標 7

 実地調査
  2017年 7月
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福山演習場は、第十七師団に所属が変更された歩兵第四十一連隊が福山市内に移駐したことで1908年(明治41)に設置されました。

昭和時代に入ると、山岳戦を想定した実践的な演習を行うために敷地が拡張され太平洋戦争の終戦まで存続しました。

現在は、農地や住宅地などに変遷していますが敷地の東端部分に軍用地境界標が残存しており見学が可能です。

福山陸軍衛戍病院
 (福山陸軍病院)


 所在
  福山市花園町 2

 収録遺構 (3)
  門柱 1,
  その他 2

 実地調査
  2017年 7月
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福山衛戍病院は第十七師団に所属が変更された歩兵第四十一連隊が福山市内に移駐したことで1907年(明治40)に開院し太平洋戦争の終戦まで機能が存続していました。

終戦後、病院は現在の厚生労働省に移管されて国立病院となりましたが、現在は移転しておりJA福山市が敷地を引き継いでいます。

残念ながら、当時の建物群は消失していますが石垣や福山医療センター内に移設された門柱がわずかに残っています。

福山陸軍埋葬地
 (福山陸軍墓地)


 所在
  福山市草戸町

 収録遺構 (5)
  軍用地境界標 3,
  その他 2

 実地調査
  2017年 7月
  2017年時点の詳細をご紹介します





福山陸軍埋葬地は、福山市内に展開した部隊の戦没者や戦病没者の墓地で、1908年(明治41)に造成が開始され敷地は終戦まで存続しました。

現在は民間の墓地となっていますが、もともと陸軍の墓地として使用されなかった話もあり、詳細は判っていません・・・

経緯は不明ですが、敷地外周に軍用地境界標や墓標群の基礎と思われる遺構が残っているため墓地建設のための用地取得や造成は行われたと考えられます。


陸軍広島師管区
福山連隊区司令部


 所在
  福山市明治町

 収録遺構 (1)
  門柱 1

 実地調査
  2017年 7月





福山連隊区は徴兵や召集に関連する兵事事務を行う部署で、歩兵第四十一連隊が福山市へ移駐したことによって、1908年(明治41)に司令部が福山市内に設置され広島県の一部を管轄区域としました。

大正時代に入ると愛媛県の一部も区域に加わりその後の軍縮第十七師団が廃止されたことで岡山県の一部も担当しましたが、1942年(昭和17)に廃止され、広島市内におかれていた広島連隊区に編入されました。

現在、跡地はカトリック福山教会となっており当時の門柱が移設保存されています。


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