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 千葉県旭市の戦争遺跡一覧 収録遺構数:6 


香取海軍航空隊


 所在
  旭市鎌数 ほか

 収録遺構 (1)
  飛行機掩体 1

 実地調査
  2007 4


優子:香取市じゃないよ★
 冠称は「香取」ですが
 実態は海匝地区なので
 場所を間違わないよう
 注意してくださいね★

 ちなみに、武神を祀る
 香取大神宮にちなんで
 付けられたそうです★


旭市に残る掩体は、
飛行機を複数機格納
出来るかなり大きな
ものです♪

案内板も立てられて
保存されています★
  智子:大きいね〜★
富貴:自衛隊機なのね・・・  東総工業高校付近に
同航空隊の慰霊碑が
ありますよ★

時間がある方は是非
寄ってくださいね★

香取海軍航空隊は、飛行機の操縦や整備を行う練習部隊で、1944(昭和19)に開隊しました。飛行場は、1943(昭和18) 9月に完成しており約 1,500mの滑走路が×印を描く形で 2本設置され、飛行訓練が昼夜を問わず行われました。

1945(昭和20)に入ると、本土空襲が本格化し本土を防衛するための基地となり、関東地区の基地から直接出撃する最初の特攻隊が編成され硫黄島沖に展開したアメリカ軍の艦艇に突入し撃沈させています。以降、訓練を終えた隊員は特攻要員として編成され、南九州における特攻作戦に出撃し壮絶な最期を遂げています。

現在、跡地は工業団地や高校・水田などになり当時の遺構は消失していますが、鎌数伊勢神宮裏手に飛行機掩体が 1基残っています。また、
 2つあった滑走路のうちの 1つが、日清紡績のテストコースに活用されていますが、見学には事前の申請が必要です。


和泉:見学させてもらえるのかしら? 
滑走路部分は、きちんと
見れていないので、今度
見学申請をしてみます★

素人相手にOKが出るのか
試してみますねっ★

陸軍第一五二師団
抵抗拠点陣地


 所在
  旭市三川 ほか

 収録遺構 (5)
  地下施設 4,
  地下壕 1

 実地調査
  2007 4
  2007年時点の詳細をご紹介します
 富貴:私には無理だわ・・・
 陣地の見学は重装備で
 臨んでくださいね★

 なお、三川・塙地区に
 残っていますよ♪







第一五二師団は、1945(昭和20) 2月に金沢で編成されて開設された特設師団で、第一総軍の第十二方面軍に所属していた第五十二軍の隷下部隊となり、師団基幹には歩兵第四三七連隊〜歩兵第四四〇連隊の 4個部隊がありました。

日本の敗戦をほぼ決定的にした1944(昭和19)
 6
月のマリアナ沖海戦の敗退で、アメリカ軍は「コロネット作戦」と呼ばれる、日本本土への上陸作戦を計画します。その作戦の内容とは、九十九里浜と神奈川県の相模湾より上陸して、首都圏の拠点を制圧しながら帝都に攻め入るというもので、九十九里浜には約 240,000人ものアメリカ軍が上陸を予定していました。一方、日本軍は「本土決戦作戦」を計画し、両海岸の防備にあたりました。この中で第五十二軍は、九十九里浜の防備を担当することになり隷下の第一五二師団は旭市より東(旧飯岡町より東)の地域の防衛にあたりました。なお、防衛方針は海岸後方の山に抵抗拠点となる陣地を展開させ上陸兵に対して狙撃・砲撃を行うというもので陣地の造成は、近衛師団の歩兵第九連隊が行いました。

これらの陣地は、本土決戦となる前に日本軍の敗北で終戦となったため、実際には使用されず放置され、一部崩壊があるものの現存しており見学することも可能です。


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