戦争遺跡詳細 |
正門
【所在】 阿見町 中央 2-1付近 (阿見小学校内)
【分類】 門柱 |
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町立阿見小学校内に移設されています。
門柱は石で造られており、当時は正門として使用されていました。
現在は、阿見小学校の入口として活用されています。 |
航空隊本部 門柱
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 門柱 |
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茨城大学内に残存しています。
これは、航空隊の本部がおかれた場所に設置されていた門柱で、石で造られています。
現在、門柱の下部分が埋められていますが、引き続き茨城大学の校門に使われています。 |
軍艦旗掲揚塔
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 その他 |
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茨城大学内に残存しています。
これは、軍艦旗を掲揚するために設置されたものでコンクリートで造られています。また旗竿を支えた金属部分も残っています。
現在は、この横に説明版が設置されたうえで保存されています。 |
方位盤
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 その他 |
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茨城大学内に残存しています。
これは、隊員達が皇居や故郷の方角へ向いて遥拝するために使用された方位盤で、基礎はコンクリート製で、中央部分が円形に削られその中に東西南北の方角と、重要な施設群の方向・故郷の方向などが刻まれており風化が著しいですが現在も一部の地名の彫り込みを確認することが出来ます。 |
関連遺構
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 その他 |
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茨城大学内に残存しています。
この構造物の詳細は判っていませんが、古いコンクリートで造られており位置や材質から当時の遺構と判断しました。
現在は放置された状態が続いており、土砂に埋もれていますが、このまま残るものと思われます。 |
士官宿舎 階段親柱
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 その他 |
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茨城大学内に残存しています。
これは、航空隊本部の向かいにおかれていた士官宿舎に設置されていた階段の親柱部分で細部に意匠がこらされています。
現在は、大学の付属施設内に移設されており案内板が設けられて保存されています。 |
霞ヶ浦神社 社殿基礎
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 その他 |
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茨城大学内に残存しています。
これは、多くの隊員が参拝した霞ヶ浦神社の社殿の基礎部分で、コンクリートで造られています。
現在、霞ヶ浦神社の社殿は阿彌神社に移され茨城大学内は基礎部分のみが残っている状況ですが、いずれも見学が可能です。 |
灯篭
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 その他 |
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茨城大学内に残存しています。
灯篭の設置時期は判りませんが、茨城大学の敷地は航空隊の本部がおかれていたことや、見た目が古そうであることなどから、当時の遺構と判断しました。
現在は放置された状態が続いており、完全にオブジェとしての役割を終えているものの、このまま残っていきそうです。 |
灯篭残骸
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 その他 |
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茨城大学内に残存しています。
灯篭の設置時期は判りませんが、茨城大学の敷地は航空隊の本部がおかれていたことや、見た目が古そうであることなどから、当時の遺構と判断しました。
現在は、バラバラにされた状態で放置されていますが、このまま残っていきそうです。 |
訓練用プール
【所在】 阿見町 中央 3-21付近 (茨城大学内)
【分類】 その他 |
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茨城大学内に残存しています。
これは、飛込訓練などに使用されたプールで50mプールくらいの大きさがあります。
2006年(平成18)時点では、プールのほかにも付属の飛込台や階段が残存していましたが、直近の調査で消失を確認しプールについても現在は土で埋め戻されてしまい外枠部分しか見ることが出来なくなってしまいました。 |
関連建物跡
【所在】 阿見町 中央 3-10付近 (茨城大学内)
【分類】 建物基礎 |
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茨城大学内に残存しています。
この遺構の詳細は不明ですがコンクリートで造られており、誘導路跡にも見えるのですが外側に基礎部分の外枠の輪郭部分がわずかに残っていることから、建物が設置されていた痕跡であるものと判断しました。
現在は放置された状態が続いているものの、このままの状態で残っていくと思われます。 |
関連建物跡
【所在】 阿見町 中央 3-10付近 (茨城大学内)
【分類】 建物基礎 |
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茨城大学内に残存しています。
この遺構の詳細は不明ですがコンクリートで造られており、誘導路跡にも見えるのですが外側に基礎部分の外枠の輪郭部分がわずかに残っていることから、建物が設置されていた痕跡であるものと判断しました。
現在は放置された状態が続いているものの、このままの状態で残っていくと思われます。 |
関連建物
【所在】 阿見町 中央 3-10付近 (茨城大学内)
【分類】 建物 |
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茨城大学内に残存しています。
この建物の詳細は判っていませんが、基礎がコンクリート製の木造平屋構造で、航空隊の敷地内に位置することや建物の構造などから当時の建物と判断しましたが、違う可能性も十分にあります。
現在は窓部分が鉄板で塞がれており、大学の器具倉庫に使用されているようです。 |
関連遺構
【所在】 阿見町 中央 3-9付近
【分類】 地下施設 |
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茨城大学の南側をはしる県道沿いに残存しています。
この構造物の詳細は判っていませんが、古い煉瓦で造られていることと、内部に通風口が設けられていることなどから、航空隊に関連する地下構造物である可能性が高そうです。
現在は、この上に石碑が建てられているため消失する可能性は低いと思われます。 |
給水棟
【所在】 阿見町 中央 3-10付近 (サンエイ糖化内)
【分類】 その他 |
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サンエイ糖化茨城事業所内に残っています。
これは、周辺の建物に給水していたタンクで頂部は三角形の傘のような鉄板が付いており高さがあるため少し離れた場所からでも見ることが出来ます。
現在は使用されていないようですがこのまま残るものと思われます。
なお、給水棟付近に煉瓦造りの小さな建物も残存しているようなのですが、写真を撮っていません!誰か写真提供してください〜(汗) |
貯水池
【所在】 阿見町 阿見 4002付近
【分類】 その他 |
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茨城大学の向かい側に建つ中郷保育所付近に残存しています。
貯水池は円形のコンクリート製で、おそらく士官宿舎に付帯するものと思われます。
現在は事故防止のため中が埋められており、戦後に造成された道路が輪郭に沿い迂回して敷設されています。壊すよりも迂回した方が工事費が安くあがったのでしょうね。 |
軍用地境界塀支柱
【所在】 阿見町 阿見 4002付近
【分類】 軍用地境界塀 |
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茨城大学の向かい側に建つ中郷保育所付近に残存しています。
軍用地境界塀は、コンクリートで構築されており、現在はこの区間でわずかに塀の支柱が見られるだけとなっていますが、茨城大学の演習敷地内なので、このまま残るものと予想しています。 |
士官宿舎 門柱
【所在】 阿見町 阿見 4002付近
【分類】 門柱 |
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茨城大学の敷地を南北に縦断する県道沿いに残存しています。
これは、士官宿舎へと続いていた通用門で、石で造られており、頂部にポイントが入っています。
現在は、茨城大学の駐車場の入口として活用されています。 |
准士官宿舎 門柱
【所在】 阿見町 阿見 4002付近
【分類】 門柱 |
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茨城大学の敷地を南北に縦断する県道沿いに残存しています。
これは、准士官宿舎へと続いていた通用門で石で造られており、頂部にポイントが入っています。
現在は、茨城大学のグラウンドの入口として活用されています。 |
特務士官宿舎 門柱
【所在】 阿見町 阿見 4002付近
【分類】 門柱 |
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茨城大学の敷地を南北に縦断する県道沿いに残存しています。
これは、特務士官宿舎へ続いていた通用門で石で造られており、頂部にポイントが入っています。
現在は、茨城大学のグラウンドの入口として活用されています。 |
防火水槽
【所在】 阿見町 阿見 3998付近
【分類】 その他 |
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茨城大学の国際交流会館の敷地内に残存しています。
水槽は長方形を呈すコンクリート製で現在は周囲に転落事故防止のための柵が設けられています。 |
軍用地境界塀支柱
【所在】 阿見町 中央 3-20付近
【分類】 軍用地境界塀 |
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東京医科大学茨城医療センターの北東付近に残存しています。
軍用地境界塀は、コンクリートで構築されており、現在はこの区間でわずかに塀の支柱が見られるだけとなっています。
支柱は放置されている状態となっていますが医療センターの敷地内ということもあって、このまま残るものと思われます。 |
第三航空隊 落下傘倉庫
【所在】 阿見町 阿見 4041付近 (キリンフーズ内)
【分類】 建物 |
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キリンオーランドフーズ土浦工場内に残っています。
これは、第三航空隊で落下傘倉庫として使用された建物でコンクリート造りの平屋構造となっています。
建物は現在もキリンオーランドフーズの工場建屋として活用されています。 |
中央格納庫地区 格納庫
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、中央格納庫地区におかれた飛行機の格納庫の 1つであり煉瓦で造られた鉄骨平屋構造となっています。
建物は現在も井関農機茨城センターの施設に活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
中央格納庫地区 格納庫
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、中央格納庫地区におかれた飛行機の格納庫の 1つであり煉瓦で造られた鉄骨平屋構造となっています。
建物は現在も井関農機茨城センターの施設に活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
中央格納庫地区 格納庫
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、中央格納庫地区におかれた飛行機の格納庫の 1つであり煉瓦で造られた鉄骨平屋構造となっています。
建物は現在も井関農機茨城センターの施設に活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
中央格納庫地区 格納庫
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、中央格納庫地区におかれた飛行機の格納庫の 1つであり煉瓦で造られた鉄骨平屋構造となっています。
建物は現在も井関農機茨城センターの施設に活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
中央格納庫地区 修理工場
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、中央格納庫地区におかれた飛行機の修理工場で、煉瓦で造られた鉄骨平屋構造となっています。
建物は現在も井関農機茨城センターの施設に活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
中央格納庫地区 付属建物
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、中央格納庫地区におかれていた付属施設の 1つであり、煉瓦で造られた鉄骨平屋構造となっています。
建物は現在も井関農機茨城センターの施設に活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
東管制司令棟
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、飛行機の離着陸を誘導する管制棟で鉄筋コンクリート製の 2階建て構造となっています。
建物は井関農機茨城センターの事務所として活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
中央格納庫地区 付属建物
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、中央格納庫地区におかれていた付属施設の 1つであり、煉瓦で造られた鉄骨平屋構造となっています。
建物は現在も井関農機茨城センターの施設に活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
中央格納庫地区 付属建物
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、中央格納庫地区におかれていた付属施設の 1つであり、煉瓦で造られた鉄骨平屋構造となっています。
建物は現在も井関農機茨城センターの施設に活用されており、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
西管制司令棟
【所在】 阿見町 阿見 4818 (井関農機内)
【分類】 建物 |
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井関農機茨城センター内に残存しています。
これは、飛行機の離着陸を誘導する管制棟で鉄筋コンクリート製の 2階建て構造となっています。
現在、建物は使用されていない状態ですが、見学には井関農機への見学申請が必要です。 |
飛行機掩体
【所在】 阿見町阿見
【分類】 飛行機掩体 |
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阿見郵便局の南西に位置する住宅地内に残存しています。
これは、滑走路の北に延びる誘導路上に複数設置されていた飛行機掩体のうちの 1つで、鉄筋コンクリートで造られており、有蓋型に分類されます。また、入口部分は翼型を呈し海軍の標準といえる形が用いられています。
現在、飛行機掩体は住宅の車庫に活用されているため、見学には家主さんの許可が必要となります。 |
飛行機掩体跡
【所在】 阿見町阿見
【分類】 飛行機掩体 |
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町立阿見第二小学校の北西に位置する畑地にあります。
この土盛の詳細は判りませんが、この周辺に有蓋・無蓋の飛行機掩体が数多く設置されていたことから、単純に土を盛っただけの無蓋掩体の残骸である可能性がありそうですが、間違っている場合も十分にあります。
現在は畑地の中で放置されている状態です。 |
軍用地境界標
【所在】 阿見町 阿見 4630付近
【分類】 軍用地境界標 |
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阿見郵便局の前をはしる市道沿いに残存しています。
標柱は粗悪なコンクリート製で、残念ながら記載文字の確認は出来ませんでしたが、設置場所が敷地北西部分の境界付近にあたるためもしかしたら軍用地境界標かもしれません。
現在、標柱は放置されている状態です。 |